2008年4月30日水曜日

西大路南下(2)

京都市西大路通りを南下すると、松尾大社西七条御旅所があります。十二世紀の初めよりあり、御旅所でありながらも珍しく朱印地が認められていました。豊臣秀吉により百四十五石、徳川幕府でも同じ石高が認められていました。
毎年、松尾祭の神幸祭には、大宮社・櫟谷社・宗像社・四乃社の神輿と月読社の唐櫃の渡御があり、5月の還幸まで
二十二日間駐輩せられます。お参りした日(4月20日)の境内は、屋台で賑わっていました。

そばに若一神社があります。境内だけではなく、歩道上にも祠があります。拝殿前と社殿前に狛犬がいました。光仁
天皇の御代、唐より威光上人が来て、大阪の天王寺に住し、紀州熊野の詣でし折、迷い苦しむ人々を救わんと、御分霊若一王子の御神体を笈に負い旅立ち、当地に来り、森の中の古堂に安置し給う。その後、異変により、土中に入り給う。平清盛公、六波羅在住の頃、この地は浅水の森と称し風光明媚なる処、承安年中此の地に別邸造営在住す。西八条御所と唱り。仁安元年(1166年)八月、熊野詣で給う時、「土中に隠れたる御神体、世に出し奉斎せよ。」と御告げあり。清盛公、帰京の後、公が邸内探したる所、東方築山より夜光を放つ。清盛公歓喜して自ら三尺穿ち給えば、土中より若一王子の御神体現る。社を造り鎮守し開運出世を祈り給へば、翌年太政大臣に任ぜられる。開運出世の神様とされます。歩道にある楠の大樹は清盛公御手植とつたえられる御神木です。

西大路駅を越えて三社を訪問しました。道祖神社と和江神社、三ノ宮神社です。
和江神社はワコールの敷地内にあり、入れませんでした、会社の神社としては稲荷神社が多いですが、ここは本格的な
神社です。マネキン3体が並んでいます。和江商事西大路工場開設時にあった古木に祀られていた大龍神を会社の守護神として鎮奉したそうです。

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